冬のオリオン

 一月も終わりに近づいた寒い日の朝、ガラス窓が風に吹かれガタガタとうるさく、遠くで犬が吠えているのだけは、暖かい寝床の中で半分目の醒めた秋山次郎の耳に聞こえていた。

昨夜は三日間もかかった高電圧放電実験のレポートをようやく書き終えたのだったが、頭と目が冴えていたので友達から借りた短編小説を読んだりし、床に着いたのは十二時過ぎであった。

そのためか、朝、起きるのが何となく辛く、もっと早く床に就くべきだったと後悔した。

今日も学校があり、枕元にある時計を見たら六時二、三分過ぎであった。

寝床から半分起きてセーターを着て、それからのっこりのっこりと温かい布団から這い出、学生服に着替えるのがこの頃の常だった。

冬の寒い日は朝起きるのが一日中で一番辛い。

家族の中でもあれこれと余計な世話をやき、日頃から少しうるさいと思っている母に対して「今日は学校が休みだ」なんて言って、このまま寝ていたかったこともしばしばあったが、自分より一時間も早く起き、弁当を作ってくれている母の朝食を準備している、カシャカシャという食器の音を真上の部屋で聞いていると起きなければと思うのだった。

一方では学校に行くと、何か楽しいことが起きるに違いないという期待もあった。

次郎は上着のボタンをかけながら階段をのこのこと眠そうな顔をして降りて行き、一晩に溜まった不要なものを出すためトイレに行き、急いで母が用意してくれている洗面器の湯で手と顔を洗い、朝ご飯を食べるのだった。ここまで普段、二十分位はかかる。それから自分の部屋に戻り、ステレオのスイッチをひねり、プレイヤーでレコードを聴くのだった。

昨日はシベリウスの交響詩『フィンランディア』を聴いたので、今朝はチャイコフスキーの『スラブ行進曲』のレコードをかけてみた。

朝、学校に出かける前にレコードを聴くのは、今では日課のごとくかかさない。最も遅く起きた場合は別であるが、多くは十分から十五分位の短いクラシックを聴くのである。この習慣は二年生になって、しばらくしてから始まったのであり、その前は特別なこともなかった。レコードを聴きながら、いろいろ学校へ持っていく教科書やノートの準備をするのだった。

次郎の乗る奥羽本線の早口駅までは近道と遠回り、二通りの道があるのだが、今では余り人の歩かない近道は雪のため通れなくなったので、五分位は早く家を出て、遠回りの道を通うのだった。

六時三十五分に家を出た。道はほとんど人の歩いた足跡がないので長靴の外にズボンを出し、靴の中に雪が入らないようにして、膝下まで積もったやわらかな新雪をかき分けて進む。

吐く息が白い、朝の冷っと引きしまった空気、やわらかい朝陽を受けてキラキラと輝いているあたり一面の粉雪がとても次郎にとって気分の良いものであった。ここまで来ると、朝の床の中のよどんだ気持ちはいつしか忘れてしまうのだった。

駅の狭い待合室では、次郎と同じ汽車を待っている他の学校の高校生や、竹で出来た大きなかごに腰を掛け、石炭ストーブに手をかざしている行商のおばさん達が数人、大きな声で世間話をしていた。

次郎は学校まで一時間以上、汽車にゆられて行く。

学科は違うが同じ吹奏楽部に属しているチューバの山口も、汽車がホームに入って止まった瞬間、薄いカバンを胸に抱えてあわてて飛びこんで来たりする。

朝の早い時間の上り列車の車内は空いていて、一つの座席を一人でゆったりと占領しても、まだあちこちに空席が目立つ程だった。

列車が鷹巣駅に到着すると、色白の長身でやや猫背の生徒会長でもある建築科の関根と、やはり次郎と同じクラブでテナーサックスを吹いている映画『トラさん』のような四角い顔の成田が白い息を吐きながら、暖房のきいた座席をめざし元気よく飛び乗ってくるのだった。

いつもの仲間、四人で一つの座席を占領し、あれこれと毎日の出来事や部活動の問題についてあれこれと議論をしたりしながら、乗り換えの東能代駅まで一時間近く乗って行くのであるが、期末試験が近づいたりすると、時にはほとんど話しもしないで各自、自分の勉強や読書なりをして行くこともあった。

ニツ井という駅に来ると、能代市内に学校がある多くの同じ高校生が大勢乗ってくる。

大部分は見覚えのある顔や高校生ばかりなので特に注意は払わないが、逆に名前は知らないがいつもの顔が見えないと「今日は休みかな」などと思ったりする。

次郎らはいつも決まって一番前の、客車の真ん中頃の左側に乗る。隣の座席や自分達のいる座席の通路に女子高生が立ったりすると、今まで本を読んでいた速度も落ちて、何となく落着きがなくなり、それなりに女子高生の視線が気になり出し、変な気持ちか良い気持ちかはよくわからないが、それに類似した心持ちになるのだった。それは、たぶん「思春期」というもののせいなのかも知れない。

次郎は女子高生が目の前にいる時には、ほとんどノート類は開かなかった。

それは字が下手なことも原因しているのであろう。字の上手、下手で特別にあれこれと考えることもないだろうと自分に言って聞かせるが、それでもやはり気になるのであった。だから次郎はその様な時は小説などを読むことにし、学校の宿題や勉強は車内ではめったにしない。そのおかげであろうか高校生になってから、多くの本を学校の図書館から借りて読んだ。しかし、その一方では教科書や参考書類を開かないので、その分、学校の成績はいつになってもたいして上がりはしなかった。

次郎は今までテストは一夜付か一夜付半で受けて来た。

また学校の授業は習ったきりで特別に予習もしないので時が立つに連れて忘れてしまい、おまけに一夜付半位ではとうてい良い成績は取れないのであるが、父や母も成績の事については、とやかく言わないので、テストがあろうとなかろうと気楽な気持ちでいるのであった。どちらかというと必要に迫られたり、気の向いた時に教科書を開くといった性格で、ガリ勉などは今まで考えたこともなかった。

学校に着き、教室に入るとガヤガヤと色々な話し声が聞こえてくる。

次郎の一時間目は何となく頭がすっきりしないが、二、三時間目になると授業のほうもしやすくなり、休み時間になると級友らと他校の女子や世間話をしたりするが、不思議と話の種だけはいつになっても尽きないのであった。

弁当は三時間目が終わるとおもむろに食べ始め、残りを昼休みに食べ終わり、それから部室か図書室に行って新聞や新刊本を見たりするのであった。

新聞は最初、後ろにある四コマのマンガを見る、その後、興味のある記事を読み、それから他に面白い本がないかと、あちこちの本棚を見て回るのであるが、そのうち気持ちだけはここにある全部の本を読んでみたくなるのもしばしばであった。多くの本に囲まれて暮らすのも気分が良いだろうな、と学者のようなことを思ったこともあった。図書室で様々な本を見ているうちに、社会や歴史や世界のあらゆる物事や真実を知りたいという気持になるのだった。

中学校に入る頃までは毎日のように、いたずらばかりしていた次郎であったが、中学そして高校に入り肉体的にも成長し、朝、家を出る前に父のカミソリを使うようになるにつれ、人間という中身もだんだんと変わってきた。傍から見ると結構、真面目に見えるこの頃の次郎であった。

そのような次郎が三年生になった秋頃、一通の手紙が近藤という級友を通じて届いた。

次郎と同じ市内にある女子高で、能代北高校の生徒からであった。だいぶ前から近藤が次郎の席に来ては「今にきっと良いことがあるぞ」と朝、顔を合わす度に冷やかし半分、耳元にヒソヒソ話しかけてくるのであったが、それが部活動が終わってからの帰り、近藤の手を介して届いたのだった。

 それは次郎の知らない初めての女子高生からで、最も、それは当り前のことであった。その女子高生は次郎のように汽車通学ではなかったのだ。

 次郎は高まる胸の鼓動を押さえながら、手紙を開いて見た。

 春霞のような淡いピンクや黄色模様の綺麗な包装紙に包まれた手紙の表には、美しい字で「家に帰ってから、ゆっくり読んで下さい」とあったが、とても家までの長い時間をそのままで過ごすことは次郎には無理な注文であった。

 次郎は封筒の中から色々と書いてある用紙を取り出して全体を眺めて見た。

 ペン習字のお手本のように美しい文字で、またその様な感じの文字を書く人はうらやましくもあり、とても好感が持てた。

 手紙は『はじめまして、鴨川未知子です』と始まり、いろいろと書いてあった。

 次郎は最初と最後だけに目を通してみた。それから高まる気持を押さえて、かみしめるように始めからゆっくりと読みだした。

『はじめまして、鴨川未知子です。先月、駅に来て欲しい、と頼んでやった者です。今日、あなたに手紙を出そうとした所以は、この前のことを誤りたかったことと、私の事について少し(今までの心境について)書きたかったからです』

 次郎にはこの手紙の前に「駅に来てくれませんか」という、彼女からの伝言があった。しかし、次郎は部活も忙しいし、こういう事をいちいち言ってくる女性は暇を持て余している人で、たいしたことはないだろうと思い、その時は駅に行かなかったのだった。

 鴨川未知子の手紙には『あの日、駅に来てもらいたかったのはプレイガールのようなつもりで頼んだのではありません。でもたぶんーー変なヤツーーの印象しかないでしょうね。もう一年近く前の事になりますが、私たちが修学旅行で京都に出発するとき、東能代駅のホームで整列して汽車を待ちながらおしゃべりをしていた時、反対側で汽車に乗っているあなたと少し目が合いました。

 私一人しか感じなかったのかも知れません。

 それから約一年後の九月十日の日曜日、友達を見送りに能代駅に行って、フンスイの真正面にあるベンチに腰をかけていた時、また、あなたを見かけました。たぶん私たちとはホンの少し離れた所にいたはずです。私は急に懐かしくなり、一度でいいから会ってお話をしてみたいと思いました。でも本来ならば思うだけでしたけれど、友達の協力などでどうにか悪いとは思いながら、あなたのお名前と、通学している駅名、それと吹奏楽部に入って活動している事を知りました。

 そんな要素も加えてあなたと単なるお友達になりたいと思ったのかも知れません。私にしてみれば今になって随分行動的なことをしたものだと半分後悔をしています。……もし、良かったならご返事を下さい。嫌でしたらこの手紙は焼き捨てて下さい。(返事が来たらどんなに嬉しいか)あなたの方も頑張って下さい』とあった。

 次郎は手紙を読み終えた。

 そして、鴨川未知子という女性はどんな人だろうかと想像をたくましくし、一度会ってみようと思い、返事を出すことにした。

 さっそく書いたことは書いたのであるが、字が下手なのでどうも出す気がしなかったのであるが、返事を望んでいるらしいので次郎は思い切ってクラスの近藤に頼んで出すことにした。

 それから数日が過ぎて、鴨川未知子から次郎のもとへ手紙が届いた。

 その中身は次郎からの返事がとても嬉しかったという内容であった。また妹のことや趣味などのことなど、いろいろ書かれてあった。

 次郎は、鴨川未知子は自分の事については多少知っているし、直接みじかな所で会ったこともあると言っている。ところが次郎はと言えば、ほとんど何も知らないのである。せめてどのような顔なのか? くらいは知りたいと思い、彼女から写真を送ってもらうことを考えた。そのためにはまず自分の写真を送らなければと思い、何ヵ月か前の昼休み、部室の前でトランペットの練習をしていた時、クラリネットの松岡が、カメラを手に入れたと言って写してくれた、白黒の写真を手紙と一緒に送ることにした。

 しばらくしてから鴨川未知子からも一通の手紙と一緒に、一枚の白黒の写真が届いた。

 次郎はしげしげと送られてきた写真をながめたのであるが、今まで一度も会ったことのない女性であった。「少し太めだな」とは思いながらも次郎は内心、綺麗な人だ、友達になろう、と思った。

 送られてきた手紙の最後には『早く会える日を楽しみにしています』と結んであったのだが、次郎は鴨川未知子に一度も会ったことがないので、どのようにしたら最もよいのだろうか、あれこれと思案したのだった。

 それから数日の日々があっという間に過ぎ去った。

 次郎は学校からの帰り路、楽器店にキーボードを買うために足を運んだ。

 一週間位前からレコードを聴き、それを五線紙に書いて、トランペット・ソロの曲を吹こうと志していたのであった。はっきりとした音を見つけるため、手頃で都合が良いキーボードを買おうと考えていたのであったが、次郎の思っていたような安いキーボードは店には売られてはいなかったので、がっかりして楽器店を出た。

 楽器店を出て能代駅に向かう途中で次郎はふと思った。

 もし、途中で鴨川未知子にばったり出会ったりしたらどうしょう。学校から家へ帰る時はこの道を通るというようなことを手紙に書いてあったのである。

 向うからは授業を終え、帰宅する北高校の女生徒が二、三人ずつ固まって何やら楽しそうに語らいながら歩いて来る。

 次郎は内心、人通りの多い商店街の道路で、鴨川未知子にばったりと会うようなことがないようにと祈った。しかし、心のどこかでは会いたい気持ちもなかった訳ではなかった。

 次郎は反対方向から歩いてくる女子高生を見ては、あの人ではないだろうか? などと思い巡らし、だんだんと近づくにつれ、写真の中の鴨川未知子とは違うのを確認し内心では、ほっとするのであった。

 そんな心持で楽器店から七十メートルばかり歩いた時、重そうな鞄を手にした一人の女子高生が向うから、ゆっくりと歩いて来た。

 次郎は「まさか」とは思ったが、だんだん近づいて来る。

 写真の人ではないように。今ここで会ったのでは充分に話しもできないし、汽車の発車時刻が近づいているため、少し急がなければならなかった。もし乗り遅れたりすると、たっぷり一時間は待たされなければならなくなるのだ。しかし、次郎の「感」は的中したのだった。

 すれ違おうとした瞬間、相手の女子高生の態度が今まですれ違った高校生とは違うのである。次郎の全身に微小電流が流れた。相手の女子高生は思いがけないという顔をした。

「あっ、あの、私です。手紙を出したのは……」

 次郎にとっては予想が当たったとはいえ突然のことなので、一体、何をどう話したら良いのか頭の中が混乱して、なかなかうまく口が動いてくれないのである。自分でも顔がみるまに紅潮していくのがわかるのであった。

「あ……あなたが鴨川さん」

 次郎は鴨川未知子の顔を正面から見つめることができなかった。

 相手も顔をうつ向きかげんである。思いもかけない所での初対面で二人とも恥ずかしいのであった。

「これから帰るのですか」次郎はたずねた。

 もちろん手紙で、今頃の時刻にバスステーションから帰るということは知ってはいたのだが、言葉がスムーズに出てこないので、簡単に話し始めたほうが良いと思ったのだった。

「五時のバスで」鴨川未知子も何を話したら良いのか分からないらしく、笑顔で示してくれた。

 次郎は写真の顔と実物とを比較しようとしたが、精神を集中することができなく、まったく違った人のようにも思えた。

 次郎は心の中で、早くこの場を切り抜けたかったのだが、なぜか肉体と精神がバラバラになったみたいで、汽車の時刻も気になるし、しかも、ここは人通りの多い道路上であり、かといって時間など気にせず近くの喫茶店にでも入ればよいのだろうが、喫茶店に出入りすることは、学校から禁止されていたのである。

 道路上で偶然出会った初対面の二人のぎこちなさは、きっと傍目から見て奇異に映ったのだろうか、そばを通る同じ高校生たちの視線が気になるのだった。

 次郎は腕時計をのぞき込んだ。

 五時発の汽車まで、まだ時間はあったが、次郎は今度きちんと連絡をしあって会ったほうが良いと考え、とりあえず、さようならをすることにした。

「今度ゆっくり会うことにしない、今日はあまり時間もないようだし」

 すると、鴨川未知子も小さな腕時計を見ながら、綺麗な白い歯をだしてほほ笑みながら言った。

「そうね、私も今日は帰ってから学校の事ですることがあるの、それじゃ今度、ゆっくりお話ししましょう」

「うん、じゃ、さよなら」と、次郎は最高の気持ちを込めて言った。

 二人はお互いに軽く会釈を交して別れた。

 次郎は後ろを振り向こうとしたのであるが、体が固くなって振りむくことができなかった。

 次郎は駅に向かうあいだ中、あれこれ考えた。

 なぜ、もっと積極的に話さなかったかと。きっと彼女に悪い印象を与えたにちがいない。そう思うと自分ながら女性に対し、いくじのないのに改めて後悔した。

 駅の改札口を通り列車に乗っても、さっきの事が頭に浮かんできて、回りにいる同じ高校生から変に見られているような気がし、一刻も早く自分の部屋に帰りたかったのだった。

 次郎の降りる早口駅に列車が着く頃には外はもうだいぶ暗くなっていた。

次郎は手紙を書いて今日の事を彼女に誤ろうと考えた。晩飯を食べたら家族の顔もろくに見ないで、すぐに二階の自分の部屋に上がり、机に向かって手紙を書きはじめた。

 数日が過ぎ去った。

次郎は鴨川未知子に対して、近いうちに彼女の帰り道であるバスステーションで、授業が終わった後、会ってくれませんか。と近藤にこっそりと伝言を頼んだ。

 冗談が好きな楽天家の近藤は、小・中と馴染みであった女子が、高校では鴨川未知子と同じクラスだったこともあり、二人の橋渡し役を引き受けていたのだった。

 返事をもらった次郎は、その日、気持ちの落ち着かないまま授業を受けた。

ちょうど部活動はそれぞれのパート練習と個人練習になっていたので、次郎は狭いコンクリートの良く響く部室で、テナーサックスの成田とクラリネットの松岡、それにドラムの吉川らと『世界は日の出を待っている』や『聖者の行進』などのデキシーランド・ジャズを三十分位、遊びと練習をかねてやってからバスステーションに出かけた。

 バスステーションに着くまでの間、次郎はこのあいだの事をどうやって誤ろうかと考えた。

 目的の場所に近づくにつれ、胸の鼓動がドキドキと高まるのであった。

 時計を見た。少し早く来すぎたと思ったので、目の前の交差点の信号は青になっていたが渡ろうとせず、次の青が来るまで何とも言えない心持ちで信号機の下に立っていた。

 バスステーションの中に入って行った。

 鴨川未知子の姿は次郎の目には入らなかった。

 「まだ来てはいないのか」次郎はそわそわし始めた。こうしていても何にもならないと思い、そばにあったくたびれたクッションの黒い長椅子に腰をかけ、入口付近を見つめながら姿が見えるのを待った。

 十分位何となく緊張した心持ちで腰掛けていると、鴨川未知子が友達と一緒に入ってきた。いち早く彼女だけが次郎を見つけ、にこにこしながら近づいて来た。次郎はゆっくりと立ちあがった。

 鴨川未知子が先に口火を切った。

「あのー、ここにいてもちょっと具合が悪いので、次のバス停まで歩きませんか。私そこから乗って帰りますから」

 バスを待っている高校生の中で何人かの女子高生が、いつもは見馴れない新顔の次郎に視線を向けているのを感じて次郎は言った。

「そうだね、こんなに大勢の中では落ち着いて話もできないしね」

 鴨川未知子は連れの友達に小さく手を振って別れをつげ、次郎の顔を見つめて目で外に出ようと促した。そして二人はバスステーションを後にした。

 二人は肩を並べて歩きながらお互いのことについて話をした。しかし、次郎は口の中が乾いて言いたいことをすらすらと言えないのであった。何度も唾を呑みこんで口の乾きをなくそうとしたのであったが、たいした効果はなかった。

 二人の進む反対方向からは家に帰る途中の高校生が列を作ってやって来る。次郎はちょっと恥ずかしいような気もしたが、一方ではなぜか誇らしげな気持ちでもあった。

 しばらく歩いて行くと遠くの方から、何となく姿格好の見覚えがする男がカバンを手に歩いてくるのであった。

 次郎は一瞬、その場に立ち止まった。

 だんだん近づいて来る男の人は次郎の担任であった。次郎は急にもじもじとしだした。

 鴨川未知子はどうかしたの、とばかりに次郎の顔をのぞきこんだ。

「向うから来るカバンを持った男の人、担任の先生なんだ」と次郎は紅潮し、決まり悪そうな顔を彼女に向けて言った。

 鴨川未知子はそのような次郎を見て、綺麗な白い歯をのぞかせてほほ笑んだ。

 この商店街の通りからそれるような脇道もなく、引き返すわけにも行かなかったのである。次郎は半分開き直ったような気持ちで、堂々と、鴨川未知子とは幼なじみでもあるかのように並んで歩いて行った。

 次郎の担任である先生は目の前まで近づいてきた。

 担任は次郎の方を見てほほ笑んでいるが、次郎は担任の顔をまともには見られなかった。だが、やっとの思いでぺこりと軽く挨拶をした。

 次郎につられたのかそれとも従ったのか、鴨川未知子も自分とも関係があるという風に小さな声と一緒にお辞儀をした。担任の先生も次郎と鴨川未知子とをかわるがわる見比べ、にこにこしながら「うまくやっているな」とばかりに挨拶を返してよこした。その時、次郎は具合の悪い所を担任に見られてしまったと思い、手の平が熱くなった。

 長い時間のように感じたのであったが、すぐに先生は二人のそばを通り過ぎてしまった。次郎はほんの少し気持ちがおさまってから、後ろを振り向いて見たら、担任の先生は何事もなかったというようにゆっくりと歩いてた。ようやく次郎の心臓の鼓動も少しは穏やかになったのだった。

 鴨川未知子が改めて聞いた。

「さっきの、あなたの担任の先生は、何という先生」

「相原っていう先生」

「何を教えているの」

「英語の先生なんだ」

 鴨川未知子は大きな瞳を更に大きくして言った。

「感じのいい先生ね」

「なかなか面白くていい先生だよ、生徒の気持ちを良く理解してくれるし、それに時々ホームルームの時に催眠術を見せてくれるんだよ」

「ふうーん、面白い先生ね、それで催眠術かけてもらったことあるの」

「いや、一度も、僕のような先生の言うことを素直にきかない人にはかからないんだって」

 鴨川未知子は次郎の横顔をちらっと見て、小さな唇に手を添えてほほ笑んでいた。

 次郎は担任の先生であるとか、英語の教師であるというよりも、催眠術ができる先生ということを強調したかったのであるが、彼女は先生の人間性を強調して言った。

「そうね、生徒の気持ちや感情を、その立場に立って理解しょうとしない先生っていやね」

「たまにそういう先生がいるね」

 次郎は同調して言った。そして続けた。

「生徒を見る時、いつもその生徒の持っている様々な可能性を無視して、テストの点数や成績順でもって見る先生がいるが、本当の教育者とはいえないかもね」

 鴨川未知子はうなずきながら言った。

「しかし、そういうふうにやりなさいって教育委員会や学校の上の方から言われているのではないかしら、良くわからないけど」

「そうかも知れないな」と、少し考えながら次郎は言った。そして続けた。

「第一、通信簿のように生身の人間を五、四、三というふうに機械的に五段階に分けるなんていうのは間違っていると思う。常に五とか四の人はそれで多少、自己満足もできようが一とか二の人はどうすればいいんだろう。これから先の人生を考えたらたまらなくなるのではないだろうか。

 人間を血液型で分けるのにはそれなりに医学的な意味があると思うが。クラスに五十人いたら五十人がみんな、それぞれ自分の能力に合った五十通りの生き方をしていいんだと思うんだ。だって、社会にはさまざまな会社や職業があるだろう。みんながみんな、東大に入って東大を出て大蔵省か何かの政府の機関に入り、役人になったりしたら一体誰が米を作ったり、橋を作ったり家を作ったり、またゴミを集めたりするんだろうか。人それぞれ自分が将来何になるかは自由だと思うんだ」

 鴨川未知子は多少、戸惑いを覚えながらも相槌をうった。

 それを受けてさらに次郎は言った。

「僕のおやじは木工職人で、職人気質というのだろうか、曲がった事というか間違ったことがキライなんだろうな。寸法が一ミリでも狂うと机でもタンスでも傾いてしまうだろう」

 鴨川未知子は、ふうーんと、うなずきながら次郎の言葉に耳を傾けていた。

「それで、あなたも間違ったことは嫌いですか?」

「いや、僕は小学生の頃は逆だった。間違ったことが好きだった? というのだろうか」と次郎は苦笑いをした。

 彼女はぜひ聞きたいという、いたずらっぽい目をし、横目で次郎の言葉を待っていた。

 そこで次郎は自分の子どもの頃の話や中学校時代の話をしたのだった。

 小学生の頃の次郎は近所でも評判のガキ大将だった。

 学校や近所で問題が起こると、そこには必ずといっていいほど次郎が一枚かんでいた。それで次郎はよく先生に怒られたが、先生というよりは学校といったほうがよいのかも知れなかった。

 次郎の小学校では夏になると、毎年のように誰かが川でおぼれて亡くなったりしているので、夏休みに入る前、川では絶対に泳いではいけないことになっていた。

 次郎は夏休み前の休日に何度か近所の仲間を誘って、釣りの穴場でもあり、見つかりにくい支流の冷たい水と合流して水温の差があり、しかも深いので遊泳が厳重に禁止されている岩場で飛込みをしたり、ヤスを使って潜り、カジカを取ったりした。そこを自転車で見回り中の先生に見つかった次郎らは、次の日の月曜日、全校生徒による朝礼の場で体育館の舞台の上に呼ばれ、全校生徒の前で誤ることになった。

 また、冬休みには貯木場の山から切り出された、杉の丸太が山程高く積んであるその上でスキーをしたり、ソリをしたりした。

 積んである丸太がもし崩れて、それに挾まれると命を無くす事になりかねないので、営林署から学校へ、積んである丸太の上では絶対に遊ばないようにと何度か注意がくる。それでも次郎らはその上でスキーをするので、またもや全校生徒の前で誤らなければならないことになった。

 ある時は、隣町のガキ大将グループと双方十人位の集団で、手に手に棒っきれを持って、町外れの原っぱでチャンバラをした。

 そのことが学校に知られることになり、次郎らは校長室に呼ばれ、こんこんと説教をされることになった。次郎のいたずらはまだまだあった。五年生の時には担任で教師になったばかりの若い女の先生を泣かせたりしたのだった。

 冬のある日、先生をおどろかそうと授業中、教室の窓ガラスの桟に積もった雪を、そうっと手ですくってよこすよう隣に命じ、その雪でピンポン玉ぐらいの大きさの玉を作って、机に座っている先生に向けて投げたら、雪玉は先生の額にあたった。

 びっくりした先生は顔を真っ赤にしながら教室から飛び出したまま、なかなか戻って来なかった。

 次郎といつもの数人が教室を抜け出し、職員室に行っても先生の姿はなかったので、狭い畳の宿直室の白い障子に、人差し指を唾でぬらして穴をあけ、そうっとのぞいて見たら、先生が座り机に顔をふせ、白いハンカチを目に当てしくしく泣いていた。それっきり、その日、先生の姿は教室には見えなかった。

 そのうち、担任の先生に赤ちゃんができたというので、その代りに若くてひょろ長い髭面の男の先生が代わりにやってきた。

 暴れん坊のいるクラスと聞いてきたのだろうか、その男の先生は最初は竹刀をいつも教室に持ってきたのであったが、しばらくして木刀に変った。そして、さっそく言うことをきかない生徒の頭をコツンコツンとたたくのであった。次郎も何度かたたかれて頭にコブをつくらされた。怒った次郎ら被害者は、その木刀を先生のいない時間に教室の薪ストーブで燃やしてしまった。

 ある日の家庭科の時間、ホットケーキを作ることになり、家庭科の教室はガヤガヤと騒がしかった。そこへ赤ちゃんができたといって休んでいた先生が突然やってきた。

 家庭科の先生の紹介では「みんなの顔を見たくてやって来た」と言うのであった。

そして先生に、みんなで作ったおいしいホットケーキを食べてもらおうという事になった。

 それで、さっそく食べてもらおうと、今まであちこちと歩いたり、食べることばかりに専念していた次郎らであったが、自分のグループにもどり、にわかにホットケーキ作りに精を出した。そして次郎らは砂糖の替わりに塩を入れて作ったものを先生の前に差し出した。どうなる事かと先生の食べるのを見つめていたら、先生は「おいしい」と言って食べていた。ホットケーキ作りの時間は何事もなく過ぎた。先生はきっと次郎らのやりそうな事と見抜いていたのかも知れなかった。

 その頃の次郎は川へ泳ぎに行く途中、近所の桃の樹からまだ青い桃を取ったり、大きな老木の根元から湧き出ている水溜りに、近所のおばさんが冷やしてあるスイカを食べたり、そこに冷やしてあった一升瓶に入っているドブロクを一口飲んで、飲んだ分だけ水を足しておいたり、貯木場での危険なトロッコの脱線遊びとか、また、そこから丸太の積み降ろしに使う大きな厚い板と太いロープをこっそりと持ち出しては、公園の中にある大きな桜の樹の上にやぐら小屋を作り、ターザンのまねをしたりして遊んだのだった。

 近所の遊び仲間や弟を捲き込んでの、次郎のガキ大将ぶりを知っている大人は、冗談ともなく、次郎は大人になったら、きっとヤクザの親分になるのではないか、と話していたのだった。

 中学校に入って初めての授業は音楽だった。

 次郎は春の太陽のやわらかな光のさす窓際で、買ったばかりの大きな凸レンズをポケットから取り出し、前の席に座っている生徒の学生服の背中に光を集めて遊んでいた。すると間もなく、白い一筋の細い煙が目の前に立ちのぼった。その時である。次郎はピアノを弾いていた若い髭面男の音楽の先生から、大きな声で「前に出てきなさい」と指差された。仕方なく教室の前に出て行くやいなや、ほっぺに往復ビンタが飛んできた。買ったばかりのレンズは取り上げられ、教室のドア外の廊下に立たされ、散々な初授業であった。

 しかも立たされた廊下の反対側は職員室の出入口だったので、出たり入ったりする先生から、たちまち次郎は名前を知られてしまったのであった。若い女の先生たちは立たされている次郎を見ては「頑張っているねー」とか「何をやったの?」と、笑いながら声をかけては、顔と左胸の校章の入った、新しくて白い小さな名札をしっかりと確認しては通り過ぎた。

 こうして中学校に入ったばかりの次郎は、すぐにその名を先生に知られる事になってしまったのであった。

 しばらくして次郎は部員数、二〇名弱の吹奏楽部に入った。

 理由は、小学校でやっていた野球でプロ野球選手を夢見て、カーブなどの変化球の投げ過ぎで右肩を痛め、思いっきりストレートを投げると、右肩から右足先まで鋭い痛みが電流のように走り、ボールを投げれなくなってしまったので野球をあきらめたからであった。

 小学五年生の秋、天気の良いある日、学校からの帰り道に次郎は近くにある伯母さんの家へ遊びに行った。

 今までにも学校からの帰り道、おいしい物を食べたいと思った時など、用もないのに寄っていたのであった。次郎の父の姉が嫁いで行った家だということを母から聞いていた。

 その伯母さんも次郎の良くない噂についてはどこからか聞いていたのだった。次郎はおそらく伯母さんの家と道路を隔てて斜め向かいに住んでいる同級生の稲葉からの情報だろうと思っていた。

 伯母さんは次郎が遊びに行く度に好物の和菓子、リンゴや蜜柑などの果物と一緒にお盆の上に乗せてきては、次郎の目の前に差し出すのであった。

 西日のさす縁側にランドセルを投げ、靴を脱いで腰をおろし、色づいてきた柿の実をそろそろだなあと眺めながら、ジュースのコップ片手に、もう一方にせんべいを持って食べていると、伯母さんが次郎のそばへ寄って来て言った。

「次郎、お前は一体誰に似たんだろう。兄ちゃんも弟もみんなおとなしくて良い子なのに」と少し哀しい気な顔をしてから、すぐにその後に言い足した。

「だけど伯母さんはお前が一番気にいっているんだよ。次郎とはどういう訳かお前がまだこんな小さい頃からウマが合うからね」と、手を自分の腰までかざして言ったかと思うと、奥の方からわざわざサイフを取り出してきては「みんなにはないしょだよ」と言って小使銭までくれるのであった。

 次郎は食べるだけ食べ、もらう物をもらい、さて帰ろうか、と思って靴をはき、縁側から立ち上がろうとしたら、二階の方から何かしら変な音が聞こえてきたのだった。

「伯母さん、今のあの音、何の音?」とキャラメルのつまった口を開け、大きな声で聞いた。すると伯母さんは。

「あれはうちの博が吹いているんだよ、何といったかな……あ々、そうそうフレンチホルンって言うんだって」

「何それフレンチ何とかっていうのは?」と、すかさず聞いた。伯母さんは音の聞こえてくる二階に目をやりながら言った。

「金属でできた楽器だよ、くるくると管がかたつむりみたいに巻かれて、おもしろい格好をしているんだよ」と、右手をくるくると回し、身振りまでして次郎に説明をした。

 次郎はそのフレンチ何とかという楽器をどうしても見たくなり、伯母さんの解説を待たずにさっそく二階に上がって行った。

 次郎がガラスの障子を開け、博の部屋に入って行ったら、高校生の博が譜面台を前に、かたつむりのような形をしたフレンチホルンの朝顔に右手を突っ込んで、何やら次郎の聞いたことのない曲を練習していた。

 次郎を見るなり博は練習をやめ、諭すようにゆっくりと言った。

「次郎、人の部屋に入るときは黙って入るんでないぞ。せっかくの口があるんだから声ぐらいかけてから入れよ」

 次郎は口の中のキャラメルの残りを飲み込んで、すかさず「わかった」と言って聞いた。

「その楽器、面白い格好をしてるけど何ていうんだ?」

 博は自分の胸に抱いている楽器を見ながら言った。

「これか? これはフレンチホルンっていうんだよ」次郎は大いに興味があるという顔をして聞いてみた。

「オレにも少しやらせてくれない」

「あ々、いいよ。もし一発で音が出せたらくれてやる」と博は言った。

 さっそく次郎はフレンチホルンの持ち方と吹き方の簡単な手ほどきを受け、マウスピースに唇を当てて思いっきり吹きつけてみた。フレンチホルンは次郎の存在などまったく無視したかのように、次郎の吐き出した空気のみを通らせたのだった。先端の朝顔から出てきたのはスーッという気の抜けたような空気音だけであった。

 しばらくやってみてようやく一つの音が出た。その音が一体何の音かは次郎にはまったくわからなかったのだが、高校のブラスバンド部に入っている博は、次郎の赤くなった顔を見て言った。

「次郎、真面目にやれば少しは物になるかも知れないぞ。中学にいったらブラバンに入ってラッパでもやったらどうだ。曲が吹けるようになったら面白いぞ」と。

 次郎はその時「中学に入ったら俺も博のような楽器を吹こうかな」と思ったのだった。

 西の空を見上げたら、夕焼けが真っ赤に燃えていた。

家へ帰るあいだ中、次郎の唇と両のほっぺはビリビリとしびれていたのだったが、次郎は金属のピカピカと輝く管楽器に興味を持つようになった。

 六年生になった夏の日のことであった。

 野球部の練習が終わった午後、腹が減ったので一刻も早く家に帰ろうとし、近道の一つである中学校の校庭の真ん中を横切って行ったら、校門近くの大きな桜の上の方からトランペットの音が聞こえてきた。

 側に行って上を見上げて見たら、ブラバンの中学生が途中の太い幹に腰をかけて、気持ち良さそうにトランペットを吹いているのであった。次郎は「カッコいいなー」と思いながら、下からポカーンと口を開けてしばらく眺めていた。

 次郎は今まで何度も木登りや、木の上にやぐらを作ったりして遊んだことはあったが、木に登っての勉強と楽器を吹くことだけはしたことがなかったので、いつか一度やって見たいと思った。そのようなこともあり、好きな野球ができなくなった次郎は中学校ではブラスバンド部に入ったのだった。

 入部した当初、次郎はトランペットを吹くことと、野球は同じスポーツと考えていた。

 部員は雨が降っていない限り、練習前には学校の近くの田んぼの土手を走ったり、また柔軟体操をしたりする。そうして始めて、椅子を運んできたり譜面台を立てたりの準備をし、ケースから楽器を取り出すのである。汗は出るし、腹はペコペコになるし、練習が終わると呼吸法も満足にできていない次郎は頭がボーッとし、目まいがするくらいであった。

 そのような体験をしていると「今日、吹奏楽部の顧問の先生が来る」と三年の部長から練習前の音合わせの時に話があった。

 次郎は、どんな先生だろう、と思いながら後ろのトランペットのパート席で、さんざん使い古されたトランペットを片手に読めない楽譜と必死に、にらめっこをしていたら、顧問の先生がみんなの前に現れたのだった。次郎はびっくりし、その先生からは自分が見えないように譜面の中に顔を隠した。

 中学校に入って余り興昧のない最初の音楽の授業中、次郎に往復ビンタをくれた髭面の顔が、顧問として目の前に立っていた。「オレはとんでもない部活へ入ってしまった」と思い「明日からはもう出ないようにしょう」とあれこれ理由を考え始めたのだった。

 吹奏楽部の顧問でもある音楽の先生が挨拶をしながら、新しく入ってきた一年生部員の顔ぶれを一人一人ながめた。

 次郎はトランペットを手にし、譜面台に楽譜をいっぱいに広げ、顔を見られまいとして努力をしたのであったが、そのかいもなく先生と目を合わせることになってしまった。

 クラブの中に新入部員として、次郎の顔が存在しているのを知った先生は苦笑いをしながら、白い歯を出して大きな声で言った。

「おう、お前か、しっかりやれよ」と。

 その日の練習が終わった後、顧問の先生は次郎を呼びつけて言った。

「このあいだは悪かったな、レンズを返すから後で職員室まで取りに来い」と。しかし、次郎はレンズの事なんか、もうどうでも良いと思っていたのでそのままにしておいた。

 次郎は、一度決心をして入った以上、簡単に辞めるのは男として恥ずかしいことだ、と辞めることを考え直し、次の日も、またその次の日も練習に出た。やがてレンズは練習をしている時、先生が次郎の所へ持ってきたのだった。

 当初、次郎はブラバンと他のスポーツクラブとを同じように思っていたこともあり、楽譜を読むこともできず、簡単な行進曲すら満足に演奏することができなかった。

 トランペットという金管楽器の難しさを身を持って思い知らされたのだった。それでも辞めることもせず、そのうちに上手になるだろうと思い、毎日、かかさず練習に出ていたら二年生になったばかりの時、急に楽器が鳴りはじめた。呼吸法も唇の筋肉もきれいな音が出るまでに鍛えられてきたのだろうか、次郎はうちとけて話のできる関係になった顧問の先生から言われた。

「お前のトランペットも最近本物になってきたな。先輩としての自覚と責任が出てきたからかな。やはりトランペットが弱いと全体に冴えないからな」

 そして、次郎の今までのクラブ活動以外での行動を諭すように言った。

「トランペットを他の人が聞いて感動するのはテクニックだけではなく綺麗な音だぞ。たった一つの音でも本物の音であればいいんだ。テクニックはその後でも構わない。そのためにはまず自分の心がそうでなくては良い音は出せないよ」と。

 次郎はなる程と思った。トランペットが上手くなりたければ、それにふさわしい人間になるように努力することが必要である。ということに気がついたのだった。

 吹奏楽部で毎日、「音楽」を追求しているせいか、それとも大人に近づいてきたのだろうか、次郎の行動と性格は以前に比べて穏やかになってきたのだった。

 次郎はクラブの練習が終わってから、数人で音楽室に行ってレコードを聴くことにした。

 先生がベートーベンの交響曲『田園』というレコードを買ってきたので一度聴いてみたらどうだと言って、次郎らに貸してくれたのだった。

 さっそく、ステレオのターンテーブルにレコードを乗せて聴いてみた。左右の大きなスピーカーから、ゆっくりと静かに流れだす繊細なバイオリンの音、その音が段々と広く深くなって音楽室は音の洪水のようになった。

 次郎は生れて初めてベートーベンの交響曲『田園』という曲を聴いたのであった。

 曲の流れに耳を傾けているうちに、次郎は言葉では表現できないような、何か胸の底から込み上げてくる得体のしれないような感動を覚えた。

『田園』は自然の風景を音で表現した曲である、という解説以上のものを感じたのだった。それは、人間の魂の苦悩でもあり、訴えでもあり、呼びかけでもあるように感じたのだった。

 それ以来、次郎はすっかりベートーベンが好きになり、交響曲を始め、序曲、協奏曲とできるだけ多くの作品を聴くように心がけたのだった。そのうち単にベートーベンの音楽を聴くだけではすまなくなり、ベートーベンという一人の人間についても興味と関心を持つようになった。

 三年生になった次郎は吹奏楽部の中心的役割を担うことになり、特に断わる理由もなかったので副部長に選ばれてしまったのだった。

 苦情受付とまとめ役の副部長としての忙しい日々の中で、久しぶりに学校の図書館に顔を出した。びっしりと本棚に詰まっている本の中から、一冊の小さな文庫本を見つけた。パラパラとべージをめくって見たらベートーベンの若い頃の事が書かれてあった。

 次郎はさっそく借りる手続きをし、その本を家に持ち帰った。その夜、寝る前に布団の中で読んでいたら次のような文章が目の中に飛びこんできたのだった。

『ベートーベン(一七七〇~一八二七年)は二十二才のとき、次のような四行詞を書いた。

 できるかぎり善をおこない

 何にもまして自由を重んじ

 たとえ王者の命たりとも

 断じて真理をまげるなかれ

 この英雄的な力強い詞がベートーベンのその後の生涯と作品に強力に展開されている』

 次郎はなる程と思うと同時に、今まで何度となくべートーベンを聴いていたこともあり、納得のできるものを感じたのだった。

 そして、改めて人間という動物の素晴らしさと、深い思想を持っている人間の偉大さを思い知らされた。そして真にその時代を生き抜く人間には、強い精神と確固とした思想がなければならないと思ったのだった。

 次郎は子供の頃も含めて、自分のやって来た、さまざまな行動を思い出しては恥ずかしさを覚えた。今まで自らを客観的に見たり考えたりする事もなく過ごしてきたが、これからは自分で自分の行動や考えを、ちゃんと自己批判できるようになることが大事なことだと考えたのだった。

 次郎の家族は良くも悪くも「最近の次郎は少しおかしい」と思っていた。特に母は「次郎に好きな女の子でもできたのかしら」と思い、次郎に接する態度には今までとは違った、どことなくぎこちなさが感じるのであった。

 いろんなことを、あれこれと止めどなく話しながら歩いているうちに、鴨川未知子の乗ろうとした目的のバス停に近づいてきた。

 彼女の指差したバス停には五、六人の人が並んでバスが来るのを待っていた。次郎はもう少し一緒に話をしていたかったのであるが、また今度の機会にしょうと思い、別れの言葉を言った。

「今日はどうもありがとう、じゃこのへんで」

 すると彼女は今までずっと手に持っていた小さな緑色のケースに入った文庫本を、次郎の目の前に差し出し。

「この中にお手紙が入っていますから、家に帰ってからゆっくり読んでね」と言って渡した。

 次郎は彼女の差し出した緑色の本を喜んで受け取った。

 二人はお互いにバス停の前で「さよなら」を言って別れた。

 次郎は受け取った緑色のケースの本を薄いカバンの中に入れて駅に向かった。

 五能線の能代駅から東能代駅までは一駅なので、すぐに乗り換えなければならない。また、この間は朝と夕方の時間は能代市内にある高校の生徒がおおぜい乗り込んで来るので、東京の電車並みに込むのである。夏の暑いときはドアをきちんとしめないでデッキにつかまり、身を外に乗り出し風にあたっている男子高生も何人かいるのである。

 次郎はこのような満員の電車の中、手紙を開いて読むわけにはいかないので、次の多少は空いている奥羽本線に乗り換えるまで、一刻も早く読んでみたいという気持ちを押さえた。

 青森駅行きの長い列車がホームに停止するやいなや乗り込んで、空いている座席に身を投げ出した。

 次郎はすぐにカバンの中から緑色のケースを出し、本の中に挟んである手紙を手に取って読もうとした。ケースの中に入っている本は夏目漱石の『こころ』であった。次郎は漱石の『坊ちゃん』や『三四郎』は前に読んだことはあったのだが『こころ』はまだ読んだことがないので読んでから返そうと思った。

 手紙には、彼女が大学に進学する事や学校での事、これからの人生の事などが、奇麗な字で書かれてあった。彼女は次郎が考えている以上に社会や家庭の様々なしがらみの中、真剣に自分の人生について考えているのだった。

 鴨川未知子は二人姉妹の長女であった。

 家は兼業農家で父は秋の取入れが終わり農閑期になると、少しでも多くの収入を得るために、近所の同じ仲間数人と東京や時には大阪の方まで、春になり雪がとけて田んぼが顔を出すまで出稼ぎに行くというのであった。そのため長い冬の間は家にいるのは正月ぐらいで、小さい頃から母子家庭のような日々であったというのだった。

 母は農繁期の時以外は次郎の母と同じように家の事をやっているということであったが、三つ年下の中学三年生になる妹は子供の時、風邪をひき、その手当ての遅れが原因で軽いマヒとなり、それ以来、左足が不自由になり、今も走ったり何か激しい運動をしたりすると少しびっこになるということであった。そのため、おとなしい妹は小学生の頃、近所の男の子からよくいじめられては何度も泣かされて家に帰って来たというのであった。

 次郎はハッとした。子供の頃はよくあちこちでケンカをし、同じ年頃の子供をいじめたりもしたからであった。しかし、一方ではホッとしたのであった。よくケンカをしたりはしたが、その相手はすべて男の子で、女の子をいじめて泣かせたりした事は学校でも家の近くでも、ただの一度もなく、担任であった若い女の先生ぐらいであった。

 鴨川未知子の手紙は続いていた。

 妹は体も丈夫ではなく病気がちなので、そのような妹を父や母が特にかわいがり過ぎたのだろうか、外では借りてきた猫のように静かでおとなしい妹も、家の中にいる時はまるで別人のように我がままになり、時々、頭が痛いとか、おなかが痛いとか言っては学校に行かなくなるというようなことだった。

 次郎は思った。「あ々、かわいそうに。もし自分だったら学校で、そのような妹をいじめる生徒がいたら絶対に許してはおかない」と。

 そのような事もあり、妹の将来や両親の老後の事を考えると長女でもある彼女が、今できるだけのことをしなければならないというのであった。

 今の高校を出ただけでは不安なので思い切って仙台の大学へ行き、卒業したら母校の中学校で英語の教師になって、妹や両親と一緒に暮らすつもりだというのであった。

 次郎は今まで、女性はある一定の年齢になったら適当な人を見つけ、家を出て結婚するのが一番幸せな道なのでは、と思っていたのであったが彼女の考えは別のものであった。

 次郎は今まで高校に入る時も、また就職を決める時も、家族には満足に相談らしいこともせずに、すべて自分の考えで決め、どちらかというと自分のことばかり考えてやって来たので、何だか自分自身が恥ずかしくなってきた。

 次郎は今日、鴨川未知子に会うまでは落ち着かない気持ちで胸が重苦しかったのだが、今ではすっかり軽い気持ちになっていた。

 次郎はクラスの中でも早い時期に就職も内定していたので、これから就職や進学のことであれこれと頭を悩ます必要はなかったのだが、鴨川未知子は大学へ進学するということなのでこれからが一番大変だろうと思った。そこで次郎はなるべく余計な心配や思いをさせまいと考え、余り会わないようにした方が良いと考えたのだった。最も二人はお互いの学校からはまったく逆の方向に住んでいて、次郎は汽車で青森方面に約一時間なのに対して、鴨川未知子はバスで秋田市方面へ三十分位の正反対の町に住んでいるのであった。だから、実際にはなかなか会う機会がないのである。二人は時々、手紙でお互いの近況などについて交換しあった。

 十月も終わりに近づき、日中の気温も下がり、学生服だけでは寒く感じるようになり、次郎はコートを着て学校に行くようになった。

 次郎の着ているコートは兄が以前着ていたお下がりであったが、親のすねをかじっているうちはあれこれと余計なことは言わないようにしょう、と心に誓っていた。それでも他の同じ高校生が流行りのコートを身に付けていたりすると、この世に生れ、初めて彼女ができた次郎には少しうらやましかったのだが、身に付けている服装や物で人間の良し悪しは決められるものではなく、そのようなことはどうでも良いことではないか、と自分に言い聞かせ、またそれよりも他にもっと大事なものが、これからの人生にあるような気がしていた。

 しばらくしたある日、登校途中に映画館の大きなポスターが掲げられてあった。

 そのポスターには『不朽の名作 能代市に来る!』と大げさに書かれてあった。そのポスターには更にマーガレット・ミッチェル原作、ビビアン・リー主演『風と共に去りぬ』初公開、とも。

 次郎は『風と共に去りぬ』という小説は知っていたので、いつか機会があったら読んで見たいと思っていたが、その小説を映画化したものを見たほうが手っ取り早いとも考えたのだった。また、次郎は高校生活の中で最後の映画鑑賞になるかも知れないと思い、出来る事なら鴨川未知子と一緒に見に行こうと考えたのだった。

 次郎は高校に入ってから数えるしか映画を見たことがなかった。

 一、二年生の頃は部活動、コンクールや定期演奏会が近づくと、ほとんど毎日、終列車まで練習するから、とても映画など見る機会がなかった。しかし、三年生になり、最後の定期演奏会が終わると部活の運営はほとんど二年生に受け継がれるので次郎にとっては忙しくもなく、また責任があるというのではなかった。

 次郎はさっそくそのことを鴨川未知子に相談してみようと思い、都合の良い水曜日に会ってくれないか、と手紙を書いた。

 そして、水曜日の午後、駅に近い商店街の角にある本屋でちょっとの間、会うことになったのであるが、なかなか鴨川未知子は現れなかった。

 次郎は、五分待ち、そして十分待った。こうしてただ待っていてもしょうがないと思い、科学雑誌を手に取って絵や写真だけを選んでペラペラとめくっていたら、次郎の背中をトントンと軽く指でつつく人がいた。

 次郎は鴨川未知子だろうと思い、振り返って見ると違う女子高生であった。

 彼女と同じクラスの友達だという自己紹介で、彼女からの伝言を頼まれたというのであった。もちろん次郎にとっては始めて顔を合わせる女子高生であった。そして、次郎の顔を食い入るように見つめてから初めて口を開いた。

「秋山さんですか? 私、鴨川さんと同じクラスの友達ですが、今日、彼女は来る予定でいたのですが……急な用事ができたので、大変申し訳ありませんが来られないと言うことなので、私が頼まれて代りに来ました」と。そして次郎の前に小さな結び文にした、鴨川未知子からの伝言を差し出した。

 結び文にした一枚の小さな用紙には見覚えのある綺麗な字で、『数学の補習とHRTに相談があり遅くなるので約束の時間に行けません。本当に御免なさい。我ままな友達を持ったことを後悔しないで下さいね』と書かれてあった。

 次郎はがっかりしたが、仕方がないことだと思い、彼女から伝言を頼まれたという友達に取りあえず映画の事について話した。そうしたら、ちょうど鴨川未知子もその友達と今度の日曜日に見に行く約束をしていたのだった。そこで次郎は、今度の日曜日は家の用事があって、時間をかけて能代市内まで出てくるのは無理であることをその友達に率直に話した。

 そして三日が過ぎた土曜日の朝、次郎に手紙が届いた。

 その手紙には、鴨川未知子も予定を変更し、土曜日に一緒に行きたいといってきたのだった。それは、「授業が終わってから一緒に行きませんか」と言うことであった。次郎は内心喜び、今度の土曜日が待ちどおしい気持ちになった。

 土曜日がやってきた。

 次郎は授業が終わると同時に学校を出て、彼女と待ち合わせている映画館とは反対側にある、そば屋の前のバス停まで急いだ。

 そこにはすでに鴨川未知子と、このあいだ、伝言を頼まれた友達が次郎の来るのを待っていた。

 鴨川未知子は次郎の姿を見つけると遠くから頭をペコリと下げながら挨拶をした。次郎はにこにこしながら近づいて行った。友達もほほ笑んでいた。

「どうも遅れてごめん、待ちました?」二人は首を横に振った。

「それじゃ行こうか」

 次郎は映画館の方に足を向けた。すると、てっきり一緒だと思っていた鴨川未知子の友達はついて来なかったので次郎は聞いた。

「彼女は一緒に行かないの?」

「急に用事ができて来られなくなったの」

 次郎は二人に余計な気を使ったのではないかと思った。

「あの人は何という名前の人なんですか?」

 二人とは反対の方向へ去っていく人を振り返りながら鴨川未知子は言った。

「大塚優子さんっていうの。私とは高校に入ってからずっと同じクラスなの」

 次郎は鴨川未知子も綺麗な人だと思ったが、大塚優子さんという人もつつましやかで綺麗な人だと思った。しかし、そのようなことは彼女には言わなかった。

「土曜日は何時に授業、終わるんですか」

「十二時十五分よ」

「そう、僕の方より五分早いんだね、僕の方は十二時二十分なんだ」

 二人は話をしながら映画館へと向かった。

 途中、反対方向から次郎と同じ高校の生徒が五、六人固まって歩いてきた。すると、二人を見た生徒は盛んに「うまくやっているな」とか「いいな」とか、いろいろなことを言って二人を冷やかした。しかし、そのような彼らを相手にせず二人はいち早くその場を通り過ぎた。すると、鴨川未知子が目を食い入るようにして聞いた。

「あの人達、知っている人なの」

「いや、顔は知っているけど名前は全然知らない、同じクラスとかじゃないから」

「でもあの人達、知っているみたいでしたよ」

「そうかもね、文化祭や演奏会もそうだけど、毎月の全校生による朝礼の時など校歌を歌うんだがその時、前の方でいつもトランペットを吹いているからかもね」

「校歌の伴奏かなんかで」

「そう、それもあるけれど運動部の壮行会の時などは行進曲を演奏したりもするよ」

「そう言えばバスケットボールは全国的に有名なのよね」

「バスケの監督から体育と保健体育の授業を受けてるんだ」

「そうなんですか」

「体育の時間は部員だった生徒が審判になり、班に分かれバスケの試合だから楽しいよ」

 そんな事を話しているうちに二人は目的の映画館に着いた。

 次郎は鴨川未知子に聞いた。

「券は持ってる?」

 すると彼女は紺色のコートの内ポケットから、一枚のチケットを出して次郎に見せた。

「この間、大塚さんが気を利かして私の分まで買ってきてくれたの」

 次郎は鴨川未知子の分も一緒に買うつもりでいたのだったが、券を持っていると言うので自分の分だけ買った。そして二人は映画館の中に入って行った。ちょうど二回目の上映が始まる前で次回に上映する映画の予告をやっていた。

 薄暗い館内で次郎は、座席が二つ並んで空いているところを必死で捜したのであったが、そのような席はなかった。しかも、だんだん人が入ってきて込み始めた。次郎はこのまま立っていても疲れると思い、横の方に折りたたんである予備の椅子に座ろうと言ったが、鴨川未知子は「もうすぐ終わるからそれまで立っていようよ」と言うのであった。

 次郎もしょうがないと思いながら従った。

 ところが二つ並んで空くような座席は無くなり、折りたたみの予備椅子にも人が座り、次郎と鴨川未知子の二人は立たなければならないはめになってしまった。しかたなく二人は別々の席で見ることにし、次郎は前の方に一つ空いている座席を見つけてきて鴨川未知子を案内した。そして、次郎自身は後ろで立って見ることにした。

 次郎は思った。二人で一緒に見たかったなら最初から座席指定の券を手に入れるべきであったと。そして、今度、その機会があったならそうしょうと思ったのだった。

 映画が終り、次郎は出口で鴨川未知子の出てくるのを待った。

 しばらくしたら次郎にすまないような顔して出てきた。

 記念すべき最初の映画を二人で見ることはできなかったのだが、それでも映画の方は面白かったと思った。それで次郎は見たばかりの映画の事を話し出した。

「主演のビビアン・リーという女優もすごく魅力があったけれど、火災のシーンなんかも迫力があったね」

「そうね。あのセットどうやって作ったのでしょう」

 次郎は子どもの頃の体験を思いだして言った。

「小学生の頃、近くの製材所が二度も火事になったが、その時の火の凄さを思い出した。太い鉄の柱が熱で曲がったり、鉄の屋根柱が崩れ落ちるんだよ」

「火の勢いってすごいのね」

「僕は焼け死ぬのだけはごめんだね」と次郎は苦笑いをした。

 鴨川未知子は言った。

「女性も主人公のように、どんな場合でも強く情熱的に生きられたらステキでしょうね。最後のシーンなんか何かぐっと胸に込み上げてくるものを感じたわ」

 南北戦争のために家や家族、すべてを失った主演のビビアン・リーが生きていくために畑から土の付いた一本の大根を抜き取り、大地にしっかりとふんばって、それを直接食べる場面は鴨川未知子の心に強く響いたのだった。

 どんな時でも希望を失わず、むしろ絶望のどん底にいる時こそ、希望への出発点であるというようなことを言おうとしているのかも知れない、と若い二人は思ったのだった。

 映画館の入口の大きなガラス窓に張ってある、ビビアン・リーのポスターを次郎は一枚欲しいと思った。

 帰りの列車は土曜日ということもあって五能線も、下りの奥羽本線も随分と空いていた。

「これが映画館であったならばなぁ」と、次郎は流れる窓からの景色を、ぼんやりと眺めながらため息をついたのだった。

 何日かして鴨川未知子から手紙が届いた。

 一緒に映画を見に行ったとき、少し我ままだった事を許して下さい。というようなことが書かれてあったが、次郎は何とも思ってはいなかったのである。実際、次郎は我がままだとは少しも思ってはいなく、むしろ、我ままだったのは鴨川未知子のせっかくの予定を変更させた自分の方だったのではないかと思っていたのだった。

 二学期も終わる頃になると期末試験で忙しくなり、なかなかお互いに会う機会がなくなった。

 冬休みに鴨川未知子から次郎の元へ手紙が届いた。

 大学へ進学するのでこれからは忙しくなり、ゆっくりと会うこともなかなか出来なくなりそうだ。という事が書かれてあった。次郎は部屋に閉じこもって好きなトランペットのレコードを聴いたり、小説などを読んで過ごしていた。

 三学期が始まり、久し振りで会うクラスメートや同じ汽車通学でのなじみの顔が新鮮でなつかしく思えた。これもきっと、もうすぐ高校を卒業するという感慨がそのような気持ちにさせているのかも知れないのだった。

 次郎は、今頃、鴨川未知子はどうしているのだろうか、と思っていたが彼女は大学入試の試験が終わるまでは手紙も連絡も中断します。というような事を言っていたので、今はそっとしておいたほうが良いと考え、次郎の方からも積極的に手紙も連絡もしなかったのだった。

 一月も終わりに近づき、外は吹雪で冷たい風が吹き荒れていた。

 次郎は英語の時間に粉雪が激しく舞う窓の外をぼんやりとながめ、鴨川未知子のことを思っていた。すると次郎は自分の名前が呼ばれたような気がした。相原先生に指名されていたのであった。

『左右の語句を適当に組み合わせて文章を作りなさい』という問題であった。ぼんやりしていた次郎には問題そのものが解らなかったのだが、隣の席の加藤の協力を得てようやく文章を作った。

『He acts on the prineiple that time is money.』

 今の次郎の心境にはまさにぴったりの問題であった。

 高校時代の最後の期末試験がやってきた。

 月曜日の朝は寒かった。いつもより五分遅れて家を出た。駅へ向かう途中、踏切りを渡ってバス通りに出たところで山口と出合った。二人はお互いに「寒いなぁ」と挨拶を交し、腕時計をのぞきながら駅へと急いだ。途中、山口が言った。

「今日から期末試験が始まるが調子はどう?」

「いつもと特に変わらないよ、テストだからって特別の事はないね」

 次郎も山口も三月には東京への就職がすでに決っていた。赤点だけ取らなければ無事に卒業することであり、今までも赤点を取るようなことは一度もなかった。だから次郎にとっては特別に何かを勉強しなければならないというような事もなかった。

 二人が駅に着くと同時に秋田駅行きの上り列車がホームにすべりこんできた。

 いつものようにドアを開け、空席の目立つ車内を歩いて行くと、次郎の目に一人の女子高生の顔が目に入った。

 良く見ると鴨川未知子の友達でもある、制服姿の大塚優子であった。四人が座れるボックスの中に一人ぽつんと窓際に座って乗客をみていた。

「どうして朝の早いこの汽車に乗っているのか?」と不思議と思った次郎は声をかけた。

「大塚さんじゃない。今日はまた、どうしてこの汽車に乗ってるんですか?」

 大塚優子は少し恥ずかしそうにほほ笑みながら言った。

「親戚の叔父さんが大館に住んでいるので家の使いで行き、昨日は遅くなったので泊まったの」

「そうですか、じゃ今日はこのまま学校へ行くんですか」

 大塚優子は膝の上にカバンをのせ、その上で白い手袋の小さな手を組んでいた。

 次郎は目の前の空席を指差し、座ってもよいかと聞いてみた。

 すると彼女は「どうぞ」と言った。次郎の後ろにいた山口はなぜか二人に遠慮をして、通路を隔てた反対側の座席に一人で座った。

 次郎は大塚優子と面と向かって話をすることになった。

 今までは特別の事がないかぎり女子高生と同じボックス内に腰掛けて学校へ行く、というようなことはなかったので多少緊張した。

 次郎は大塚優子に、いつもこの汽車で通っていることや、鴨川未知子についても聞いてみた。学校で毎日、鴨川未知子と顔を会わせ色々なことを話たりするが、鴨川未知子も次郎のことを「どうしているんでしょう」と思っているというようなことを話した。

 次郎は大塚優子に、今日、学校で彼女に会ったら大学の試験、頑張って下さい。と言っていたと伝えてくれるように頼んだ。

 大塚優子はにっこりとほほ笑み、必ず次郎からの伝言を鴨川未知子に伝えると言った。

 二人の乗っている汽車は短いトンネルを抜けたかと思ったら、米代川の支流である藤琴川にかかっている鉄橋を渡っていた。

 大塚優子は外の景色に目を移してから次郎の顔を見つめて言った。

「大館から乗って来る途中、次の下川沿駅に止まった時、ホームに『小林多喜二生誕の地』という石碑がたってたけど、小林多喜二って人は確かプロレタリア作家ではなかったかしら」と。

 次郎はそれを受けておもむろに言った。

「そう、僕の隣の駅だから昔から名前だけは知っている。と言っても中学生になってからだけれど……。しかし、どんな小説を書いたかは読んだことないから、くわしくは知らない」

 大塚優子は思い出したように言った。

「確か蟹工船というのが代表作だったと思う。前に習ったような気がするわ」

 次郎も思い出したように言った。

「そうそう、蟹工船というのが有名なんだ」そして続けた。

「中学生の時、社会科?じゃなく英語の先生が授業でみんなに一度読んでみたほうが良い、と言っていた。でも、その先生は気分屋で生徒をエコヒイキするから僕は好きになれず、その小説は読んだことないです」

「国語のテストなんかに出たことなかったですか」と彼女は聞いた。

「小説とそれを書いた作家とを線で結ぶとかいう」と次郎が言ったら。

「そうそう」と言って彼女は明るくうなずいた。

 次郎は大塚優子に、いつかそのような機会があったら小林多喜二の『蟹工船』という小説を読んでみます、という約束でもするかのような心地よい感じを受けた。

 いろいろな話をしているうちに汽車はニツ井駅のホームに入って行った。

 狭いホームでは高校生がそれぞれ、一団を作って汽車の止まるのを待っていた。

 そして間もなく一団の高校生が、どっと乗り込んで来た。あっという間に空いている座席は埋まり、五、六人の座れない高校生は通路に立って、それぞれ教科書やノートを開いたりしていた。

 次郎と大塚優子の隣の席にも同じ女子高校生が座った。

 そのとたんに何となく二人の会話はとぎれとぎれになり、いつしか二人は無口になってしまった。

 窓際にいる二人の隣には大塚優子と同じ北高校の三年生が座ったので、次郎は三人の女子高生に囲まれた格好になった。

 次郎には二人とも見覚えのある生徒だったので、何となく大塚優子との何でもない間柄を詮索されているみたいで、気持が落着かなかった。

 すぐに、隣に座った女子高生は、それぞれカバンの中から英語の教科書を取り出し、期末試験のための勉強を始めた。隣で勉強中の女子高生を無視し、大塚優子と二人だけの会話をすることもはばかれるのでニツ井駅を過ぎてしばらくしてから、お互いにそれぞれ自分の事を始めた。

 大塚優子も重そうなカバンの中から、一冊のノートを取り出して勉強を始めた。彼女の膝に乗っているノートには綺麗な字で、丁寧に書き連ねた文字がならんであった。しかし、それは何の教科書のノートであるかは次郎には分からなかった。

 次郎もしょうがないので弁当しか入ってないような薄いカバンの中から、文庫本の小説を取り出した。それは以前、鴨川未知子が次郎に手紙をはさんで渡してくれた夏目漱石の『こころ』であった。

 次郎の学校だけではなく、市内の高校のほとんどが期末試験に入っていた。

 いつもはがやがやと勉強半分、おしゃべり半分の車内は人が誰も乗っていないかのように静かで、レールを走る車輪の金属音だけが車内に響いていた。

 次郎は自分の席から前の座席をながめ回して見たら、通路に立っている何人かの生徒も、みんな一斉に勉強をしているのであった。教科書を広げて必死で何かを暗記している人、ノートを開いたり閉じたりしている人、中には赤エンピツで一生懸命ノートに書いている高校生もいた。

 いつもの会話もなく、まるで車内から人間の出す音が消えてしまったかのようであった。

 その時である。

 突然、カラン、カラン、カランと良く響く金属音が車内の中程で起きた。

 その音を耳にし、すぐにその音の何たるかを理解したのは、ごく少数の高校生だろうが次郎にはすぐに分かった。

 次郎の目の前で、何事? と、目をキョトンとしている大塚優子の表情を見て、次郎は白い歯を出して、にこりと笑った。

 笑ったのは次郎だけではなく、すぐに車内にはドッと大きな笑い声が一斉に起こった。中にはおかしくて必死に、その笑いをハンカチや手でこらえている女子高生もいた。

 中程に座っていた次郎と同じ学校の男子高生が、アルミの弁当箱のフタを通路に落としたのだった。弁当箱のフタは持主の意に反し、通路を隔てて反対側の女子高生の足元まで勢い良く転がっていったのだった。

 音の「持ち主」である高校生は、いつも鷹ノ巣駅から乗ってくるラグビー部の成田であった。彼は「その瞬間」立ち上がって、人差し指を口に当てて「しっ、しっ、しっー」と周囲の高校生に必死で訴えていたのが余計におかしかったのである。

 学校に着く前に腹が減ったのだろうか、それとも朝ご飯を食べずに来たのだろうか? 普通、運動部の生徒は学校に着いてから食べる早弁を、汽車の中でやっていたのだった。

 次郎は中程で男子高生が早弁をやっていて、その弁当箱のフタを通路に落としたことを目の前の大塚優子に手短に話した。彼女も回りの笑い声と同時に、事の次第を理解したらしく、笑いをこらえていた。

 春の雪解けにはまだまだ程遠いほど回りには、たくさんの雪があった。

 あと二ヶ月もすれば、次郎も鴨川未知子も高校を卒業するのであった。二人はそれぞれ異なった道を歩んで行くだろう。若い二人の人生にはどんな事が待っているのだろうか。

 そのような期待と不安の入り混じった心境の中、三月に入ってすぐ、良く晴れた日、次郎も鴨川未知子も無事にそれぞれ卒業式を迎えたのだった。

 次郎は式を終え、雪でおおわれた校門を通り抜けようとした時、黒い点が雪庭のあちこちにあった。ちょうど一年前もそうであった事を思い出した。

卒業した生徒が自分の帽子を校門を出る時に投げ捨てて行くのである。その中から一番気にいった帽子を、数人の下級生が拾って品定めをしていた。

次郎も長い間、それなりにお世話になった帽子に礼を言ってから思いっきり空に向かって投げた。もう学生服とも学生帽とも永久にお別れなのである。

その夜、次郎はひんやりと冷たい雪景色の外に出てみた。

凍って固くなった雪道は長靴で歩くと、キュッキュッと音がした。

空を見上げると、いつもはどんよりと曇っている夜空は、どこまでも冷たく澄み渡っていて、キラキラと無数の星で輝いていた。

鴨川未知子の住んでいる方角には冬の天の川が横たわっていた。

もうすぐ次郎は東京の会社へ就職することになり、鴨川未知子は仙台の大学へ進学が決まっているのだった。

季節は記憶にないが、保育園に入る前の小さい頃、母に抱かれ、その指さす方向に、この世に生まれて初めて見た星が、オリオン座の三ツ星であったことを思い出した。

冷たく冴えわたる静寂のなか、冬の夜空に白く輝くオリオン座を見上げている次郎の耳に、米代川にそそいでいる岩瀬川の鉄橋を渡っている夜汽車の音が遠くから聞こえてくるのだった。

1987.08.12

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